「Snow Queen 9」
わからない。
ぐる、ぐる、ぐる、ぐる、頭が回る。
天井が回る。
回っているのは俺なのか、この部屋なのか。
考えてもわからない。薙の、心が読めない。
あの日、シャワールームに置き去りにされた後。
豊はしばらく動けなかった。ようやく、痛みが引いて、体を引きずるようにしてシャワーを浴びた。
湯は熱くもぬるくもなかった。何も感じなかった。
それからどうやって部屋に戻ったのか覚えていない。
気付けば、朝が来て、同じような日常がまた繰り返されている。
薙の態度は以前に戻った、ように思う。
親しくすることもなければ、冷たくされることもない。言葉を、交わすこともない。
任務の時は同じチームのメンバーとして振舞うけれど、それだけだった。
月読は、嫌だ。
豊はベッドにうずくまる。
ここは冷たくて、寒い。心が痛い。天照館に帰りたい。
それでも九条総代の姿を思い起こすたびに、浮かび上がるもう一つの影。
飛河薙。
彼のことだけまだわからない。
これだけ、こんなにも、一番深く関わりあっているというのに、誰より彼の心がわからない。
ペンタファングのメンバーは豊を仲間だと認めてくれたようだった。
伊織も崇志も凛も、からかわれることもあるけれど、皆よくしてくれる。
なのに薙との距離だけが、いつまでたっても埋まらない。
近づけば近づくだけ、肌を合わせるだけ、遠ざかっていく。
豊は目を閉じた。
それでも足りなくて、両手でまぶたの上から押さえる。
もう何も見たく無い、感じたく無い。
薙のことなど、想いたくない。
「どうして・・・」
するすると涙がこぼれた。
胸が痛いのに、それがどうしてなのか、豊にはわからなかった。
「なあ、最近ゆんゆん元気なくないか」
崇志に言われて、ええーっと伊織が振り返る。
「そっかなあ、りんちゃんどう思う」
「そうだな」
凛は、顎に手をあてて思索するようなポーズをとった。
「確かに、少し塞ぎこんでいる気はするが」
「ナギは?」
薙は椅子の上で足を組みながら読書に耽っていた。聞こえていないのか、反応は無い。
様子を崇志がこっそりと伺う。
「ナギー、おーいナギちゃまー?」
伊織が手を振るのを、さりげなく制止した。
「なにようラギー、邪魔すんじゃねえよ」
こいつ、反応なくてムカつくとぼやくのをまあまあとなだめる。
「ナギっちはただいま読書の真っ最中なんだから、放っておけよ」
「けど、アタシが聞いてんのに」
「いいじゃんか、それよりゆんゆんだって」
まあ、そうだなと凛が口を開いた。
「なにかしら、場を設けてやるのも良いかもしれんな」
「ば?」
「オレッチら、結局ゆんゆんの歓迎パーティーとかしてあげてないっしょ?」
そっか、そうだねと伊織が賛同した。
「そういえばそうだね、せっかくうちの子になったんだし」
「おい伊織、豊は交歓学生だぞ」
「そんなの関係ないよ、ゆんゆんはもうペンタのコだもーん」
「相変わらずむちゃくちゃ言うねえ」
ま、それに関してはオレッチもやぶさかでは無いけれど、と、崇志は付け足す。
「ともかくやろうぜ、そだな、ミッション入っても困るから、今夜やるか」
さんせーいと伊織が手を上げた。
「急だな、場所はどうするんだ」
「オレッチの部屋でいいしょ」
男子寮じゃないか、凛がぼやく。
「ええっ、いいじゃんいいじゃーん、アタシは全然問題なし!」
「そういうことではないだろう、そもそも寮則を破るというのは」
「じゃあBITルームは?」
「貸してくれないよぉ、多分」
「そんじゃトレーニングルームだな、あそこはリカちゃん担当だし、ちょっとは大目に見てくれるでショ」
伊織と凛も頷いたので、話は大まかにまとまった。
あまり遅くなるといけない、飲食はどうするか、そんな話題で盛り上がる二人をちらりと見て、崇志は薙の脇に寄る。
「薙、お前も参加しろよ、聞いてたんだろ」
金の瞳がちらりと見た。
「ノーは聞かないぜ、なんつったってゆんゆんのことだかんな、お前」
耳元に口を寄せる。
「無関係じゃ、ないだろ」
鋭い気配が崇志を貫いた。
来た時と同じようにさりげなく離れて、おどけた仕草で肩をすくめてみせる。
「お前、ゆんゆんにもそんな顔してんの?嫌われちゃうぜ」
「なになに、何のお話?」
なあに。崇志は笑う。
「薙にレディーからモテモテになれるレクチャーをしてたのさ」
「ええっ、ナギそんなの興味あるの?」
どちらかといえば伊織の方が興味深く薙を見詰めて、その背後では凛が軽く溜息をついていた。
薙はしばらく不機嫌そうに一同を眺めて、本を閉じ、前触れなく立ち上がり、そのまま去っていく。
「おい薙、トレーニングルームに6時、忘れんなよ!」
崇志が呼びかけた。
薙は振り返りもしなかった。
(続)